記憶に残るクラシコ

伝統の一戦

この言葉には重みがある。

幾十年の歴史が積み重なり、人々の思いが交錯し、数々の栄光と挫折を通過した先にのみ、伝統は作られる。

スポーツにおける伝統の一戦は、それぞれのチームが根ざしている地域間の闘いでもある。それは文化的な文脈の上に成り立つ闘いであり、固唾をのんで見守る人々のアイデンティティを巡る闘いである。


日本であれば、野球の阪神-巨人戦が最も有名だろう。

彼らの熱狂ぶりは、周囲から見ればあまりにも理解しがたく、対象の価値と著しく乖離した何か別のものを見ているようにも思えよう。そう、彼らがその”一戦” の奥に捉えているのは、自分自身と世界との関わり方そのものであり、その熱量を客観的に捉える事は無駄な試みといえる。



スペインの首都マドリードに本拠地を置くサッカークラブチーム、レアル・マドリードリーガ・エスパニョーラ一部リーグプリメーラ・ディビシオンに所属し、リーガとUEFAチャンピオンズリーグ両方における最多優勝記録を持つクラブである。「レアル」とは王冠を意味し、そのロゴマークにも王冠が描かれている事は、世界のサッカーシーンでの彼らの王としての存在感を雄弁に物語っている。

FCバルセロナは、スペインのバルセロナに本拠を構えるクラブチームであり、リーガではレアル・マドリードに次ぐ優勝回数を誇る名門クラブである。数々のスター選手を輩出し、ヨーロッパの頂点に立つ事幾度、そのサポーターのあまりの熱狂ぶりから”クラブ以上の存在”と称される。

この2チームは、100年以上の長きに渡る対立の歴史を持ち、このクラブ同士の選手の移籍はタブーとされているほどの因縁を持つ。リーガ・エスパニョーラにおいて年に2度この両チームが激突する試合は「El Clasico」と呼ばれ、世界中で注目される頂上決戦である。

最も有名な「伝統の一戦」。


11/30(日本時間)、またこの一戦が訪れた。ここ3年間の成績では、FCバルセロナ(通称バルサ)が4連勝と大きく水をあけている。場所はバルサのホームスタジアム「カンプ・ノウ」、収容人数は10万人を誇り、このスタジアムに乗り込んでくるチームからは”魔物が棲む”と言われている。

物心ついた時からバルサを応援している自分にとっても、当然この一戦は大イベントであり、数日前から緊張と興奮が心の中で渦巻いていた。


今回も皆が寝静まった深夜にWOWOW見ながらツイッター上で大騒ぎしていたんだが、ここまで圧倒的な試合運びだったのは、最近で自分が覚えている限り他に1試合しかない。それだけ圧倒的だった。

2000 年代後半のサッカー史はまさにバルサの時代と言ってよく、世界最強クラブと呼ぶことを誰も躊躇しない。そんな中で、さらにホームの試合でもあったので期待はしていたんだけど、今シーズン新たに指揮をとっているモウリーニョ監督のもとで久しぶりに首位をひた走っていたレアルとの激突は、まったく結果の予想できない一戦であった。

そんな経緯があったからこそ、この結果は記録以上に記憶にこそ残る大勝であったし、バルサファンが歓喜する理由なのである。

終始ボールを支配し、芸術の域に達するパス回しを見せつけ、GKカシーリャスに強烈なシュートを浴びせ続けたバルサイレブンは、もはや別次元のフットボールをしていたと言っていい。

今まで数々のクラシコを見てきて、強烈に記憶に残っている試合は幾つかある。5年前にサンチャゴ・ベルナベウでレアルサポーターからスタンディング・オーべーションを受けたロナウジーニョ。ブラウン管を通してあの光景を見た感動もまた忘れられないが、今回の試合も、涙なしには見られない、一生涯忘れ得ない一戦となった。

解説として現地に赴いていた岡田監督はこう言った。「これはもう未来のサッカー。指導者として、感動というよりショックだった」

試合後、イムノが響き渡るカンプノウを見ながら、自分にとっての特別な1日がまた一つ増えたという事実を、1人噛みしめた。