今週のお題 「私がブログを始めた理由」です!
彼女の頬をつたう涙は、いつだったか僕の胸の中でひっそりと流した涙とは全く別のものであるように見えた。冷たい空気に触れてもなおその温かさを残したまま、しかしあの日よりもずっと強い意思を心に秘めているといった風な目で、彼女は僕を見つめていた。
僕は沈黙に耐えきれず、何か言わなければ思ったが、心に浮かんでくるどんな言葉も、今の彼女が存在している空間とは違った虚空の中にふっと消えてしまいそうで怖かった。
涙で濡れた目の奥に秘められた冷たい砂漠 - 女は誰だって、自分だけの世界を持っている。他人が覗き見ることのできない地上の王国。彼女が何を思っているかが理解できないことよりも、僕にはそれが歯がゆかった。
ふと、彼女が呟いた。
「あなたにも、いつかわかってもらえると思うの。こうしたほうが良かったんだって。」
「うん。」
僕は振り絞るように声を出した。
落ち着きはらった声で、彼女は続けた。「私のためだけじゃなくて、これはあなたのためでもあるのよ。」
「僕は・・・でも、やっぱり・・・」
「最近、夢を見るの。世界が今よりもずっと少ない色で出来ている夢。私たちは、そこで手を取り合って笑ってる。他愛のない話を何時間もして、同じような事ばっかり言って。」
彼女の眼は、僕の方を向いてはいるが、今ではどこかもっと遠くの方を見つめているようだった。
「やっぱりこの関係にも、然るべき形式が必要だったんだと思う。私達、それと気付かない間に多くの余分なものを詰め込み過ぎたんじゃないかしら。」
「そうかもしれない。君の言うことは、いつだって正しい。」
そう、彼女は、いつも正しかった。それでも、”正しさ”というものには強さと弱さの別があることを、僕は知っていた。その事が僕の唯一の拠り所であり、彼女が入り込めない僕だけの”世界”だった。そして僕は、自分自身の世界が今まさにポロポロと崩れ落ちてゆくのを心の中で感じながらも、こうして何も言えずにいるのだ。
「それじゃあ。」
僕の返事も聞かずに去ってゆく彼女の背中を見つめながら、僕は冷たい夜の砂漠のことを考えた。色の少ない砂漠のことを。
その日僕は、ブログを始めた。